実施済みの研究会

第二回研究会の概要

 

開催日:2018年8月4日

 

場所:京都大学人間・環境学研究科棟333演習室

 

参加人数:午前23人ほど 午後18人ほど

 

タイムテーブル

・9 : 40 ~ 開場

・10 : 00 ~ 12 : 30(午前)

  • 中村徳仁「90年代生まれによる30年代論!ーー京都学派に焦点を当てて」
  • 吉村雄太「二十一世紀の和辻哲郎ーー新しい人格論のために」
  • 二階堂滉「遇うて空しう過ぐる勿れーー1930年代の偶然文学論」

・13 : 40 ~ 開場

・14 : 00 ~ 16 : 00(午後)

  • 高田正哉「教育学部と戦後社会学 ~加藤秀俊の教育学構想へ」

発表概要

午前の発表の趣旨

 批評誌『夜航』は、2018年度5月に刊行されたvol.3において、「1930年代」を特集した。研究科の後輩である中村が『夜航』の編集に携わっていること、第一回の新京都学派研究会に彼が参加してくれ、その特集で京都学派(旧)を取り上げたことを教えてくれたことに端を発する。

 京都学派と新京都学派に、(後者が前者を体系的に再解釈したというような)強い直接の連関があるわけではない。しかし、京都あるいは関西という磁場の中で、取り扱いづらい実感や情念のようなものを言語化していく姿勢を持つ者が確かにいた。

 午前の部を企画した動機は、そのことをシリアスに捉え、新旧の枠を超えてテーマに沿って並べようというものだ。今回は、研究会の趣旨に内容を寄せた上で、特に内容的なつながりの強い論考の執筆者に発表していただく運びとなった。

 批評同人という「地味な」言語化を進めると、しばしば、自己満足や気合のような精神論に陥る。しかし、本誌は、一定の部数と売り上げを確保することで、言葉を届ける姿勢を持っており、一個人として共感を抱く。発表内容だけなく、そうした言論実践についても掘り下げたいと考えている。(文:谷川嘉浩)

 

午後の発表「教育学部と戦後社会学 ~加藤秀俊の教育学構想へ」

 周知のように、日本における「教育学部」の設置は、1949年におけるものである。それは、単なる体制転換というばかりでなく、「教育学」という思想の転換でもあった。

 その流れの一つに、京都大学教育学部もいたことは言うに及ばない。戦後教育政策、そして民主主義教育の系譜を構築した東京大学とは異なり、京都大学教育学部は独自の路線を歩んでいた。その代表的な事例として、加藤秀俊の存在が挙げられる。加藤秀俊は、人文科学研究所に所属しながらも、教育学部で「マスコミュニケーションの理論」(教育社会学講座1960年・1961年)などの科目を開講した。そして、1968年度には、比較教育学の助教授として赴任することになる。その間に、加藤秀俊は『人間開発』をはじめ、独自の教育学の構想へと向かっていった。だがその構想も、学生運動によって挫折させられることとなる。

 本発表は、この加藤秀俊の「未完の教育学構想」について、特に加藤英俊の『人間関係』『人間開発』『独学のすすめ』等の「学び」(learining)に関するテクスト群の解釈から再構築しなおすことを目指す。その再構築の方向性とは、竹内洋が加藤社会学を「日本型カルチュラル・スタディーズ」と呼んだことに呼応した、「日本型学習科学」の構想である。 

 

発表者

中村徳仁・吉村雄太・二階堂滉 批評誌『夜航』メンバー (Twitter

高田正哉 上田女子短期大学講師 researchmap Twitter: @Yatu_Walker

第二回研究会を終えて

 

 まず何より合評会の機会を与えて頂いた新京都学派研究会の方々に感謝いたします。

 そもそも本研究会の主軸テーマである「言葉と教育」が、京都学派という大正教養主義ないしはエリート主義的色彩の強い思想家たちと相性の良いものかはじめは疑問に思っていました。

 しかし、私が発表冒頭でも示唆したように、京都学派の思想家たちは新中間層の台頭に伴う消費社会、そして出版市場の拡大に端を発するプレ情報社会、この2つの新現象の到来を目の当たりにしたはじめの世代だったと言うことができるのではないでしょうか。そのような補助線を引くと、彼らの言葉遣いは多少古めかしいとはいえ、取り組んでいた課題自体はそれほど私たちと縁遠くはないと思います。

 そうした確信は、吉村氏と二階堂氏の問題提起が参加者たちの活発な議論を刺激したことから得られました。

 しかし、京都学派のやろうとしたことが時間の経過と研究の複雑化と共に見えにくくなってしまっていることは確かです。つまり、現代の問題と彼らの議論を合わせるためには、吉村氏や二階堂氏が発表内でしていたような「現代語訳」がある程度は必要なのかもしれません。このような気づきが得られたのは新京都学派との比較を経たからです。

 こうした機会を通じて、京都学派と新京都学派、哲学と教育、理論と実践、アカデミズムとジャーナリズムなどのさまざまな「棲み分け」が解消されていくことを目指したいと思います。

2018/8/10

中村徳仁

 

 

 おかげさまで、多くの方に参加していただき、午前・午後ともに盛会となりました。全てに言及することができないほど多岐にわたる話題だったので、私が個人的に印象に残った話題に、私個人の偏見を交えながら、触れておきたいと思います。

 吉村さんによる発表は、和辻哲郎のペルソナ概念を生命倫理に応用するという論点です。この論点は、森岡正博さんが発展させていることでもあるので、ご関心のある向きは、この辺りこの辺りをご覧ください。風土論と言語論との関係などは、とても面白い論点でした。とはいえ、和辻の議論は、抑圧的な共同体運命論を容易に帰結させかねない側面があり、過去の遺産のどの点を引き継ぎ、批判していくかということを問われるように思われます。すなわち、「目利き」としての研究、これは、この研究会全体にも該当する課題でもありました。

 二階堂さんの偶然文学論争と九鬼周造に関する論点で私が印象に残ったのは、冷静に考えれば全くの偶然でしかないものが、そうであるがゆえに運命的に感じられてしまうという論点でした。そして、個人が否応なく生涯向き合わざるをえない、その後の人生をかけて付き合っていくような決定的な経験としての偶然。自己と向き合い、それを言語化していくというとき、「ずっと引っ掛かってしまう出来事」という視点が大切になるような気がします。どうにもこうにも、見捨てられない過去という視点です。

 また、前半で大活躍だったのは、やはり批評誌『夜航』の中村さんでした。言論を流通させるというとき、文章を生み出す「書き手」と、それを受け取る「読み手」ばかりに焦点が当たっているように思われます。しかし、彼の発表からは、流通のリテラシーのようなものが読み取れました。私なりの表現を使えば、共同体を作り出すような仕方で、言葉を生み出し、届けていくという姿勢です(余談ですが、これはジョン・デューイ的な言語論でもあります)。恐らく、言葉を考えるあたり、言葉だけを考えていてはいけないのでしょう。

 

 後半は、前回に引き続き、研究会共同主宰者の高田正哉さんにご発表いただきました。中心的に扱ったのは、加藤秀俊、特に京大時代の彼の思想です。研究的な姿勢の中にある「学び」の姿勢を遊びの問題と捉えるという加藤の基本姿勢から帰結するのは、「夢中になって遊ぶ」ことだけでなく、「〈夢中になった遊び〉を夢中になって遊ぶ」(=遊びについて研究する)という、「二階の(second-order)遊び」という論点でした。

 実際にはさらに多様な論点があったのですが、こうした加藤秀俊の教育論を「日本型カルチュラル・スタディーズ」ならぬ「日本型学習科学」として定式化しようという議論へ進んでいきました。

 そこで思い出されるのは、吉見俊哉さんの『カルチュラル・スタディーズ』(岩波書店)です。この本の冒頭で、吉見さんは鶴見俊輔の権田保之助(民衆娯楽研究者)への言及に注目し、民衆の娯楽や生活の楽しみを読み解いていく鶴見の身振りに「日本型カルチュラル・スタディーズ」の可能性を見ていました。

 鶴見から「日本型カルスタ」を引き出しえたとしても、恐らく、加藤秀俊とは毛色の違ったものになったことでしょう。というのも、『たまたま、この世界に生まれて』(編集グループSURE)で鶴見自身が語る通り、彼は体系的に教えること、やり方を伝えることに消極的だったからです(これには擁護可能な、彼なりの理由があるとはいえ)。これは、加藤自身がコミットしていた「探求の技法」――第一回研究会のキーワードの一つでした――の追求とは好対照を成していると思われます。あるいは、中公新書を中心に流行していた「知的技法」や「ハウツー本」とも。

 何かを書く、伝える、読む、聞くというとき、そうできるようになるための手がかりを「新京都学派」の思想家たちがどのように用意していたのかを、様々な観点や水準から、今後も考察したいと思います。 

 加藤が描いた理想的な「独学」と頽落した独学の違いなど、魅力的な論点は色々ありましたが、以上に留めておきたいと思います。ただ一点言えるとすれば、私たちがこの研究会でしているのは、「共同的な二階の遊び」だということでしょうか。

 次回は、鶴見俊輔と作田啓一についての発表です。お楽しみに。

2018/8/12

谷川嘉浩


第一回研究会の概要

 

開催日:2018年4月22日(日)

 

場所京都大学吉田泉殿(入り口は西側でした)

 

参加人数:午前17人、午後8人

 

タイムテーブル

① 10:00~12:00

  • 谷川嘉浩「ヒューマン・ネイチャー・ライティング:新京都学派は情念を言語化する」

② 13:00~15:00

  • 高田正哉「民主主義のために知識人は何をすべきか?:公共圏のゆらぎから立ち上がるために」

発表概要

午前の発表「ヒューマン・ネイチャー・ライティング」

 パブリック・スピーキングという考え方が西洋にはある。自己の経験や意見を、適切に言語化し、他者に伝え、説得することを目的としている。公共領域にひとかどの市民として立つためのアートであり、「ちゃんとした」政治参加をするための教育である。それをどう呼ぶかは別にして、類似の試みは、西洋に於いて、伝統的に存在していた。

 とはいえ、日本の知的営みを振り返ると、類似する思想/実践を展開した人びとがいることに気づく。ここで念頭に置いているのは、戦後、人文研など京都を中心に活動した知識人たちである(新京都学派)。本発表は、鶴見俊輔を例に、適切な言語化をめぐる議論を探索するとともに、それを位置づけるものである。その際、政治学/社会心理学の古典を補助線にする。

Keywords:人間本性、ネイチャー・ライティング、パブリック・スピーキング、生活記録、(反)知性主義

 

午後の発表「民主主義のために知識人は何をすべきか?」

 21世紀に入り、世界の人文社会科学は危機を迎えている。その危機は、世界的な右傾化、ポピュリズムの台頭、経済中心主義など様々な側面から語られている。その中で、知識人のあり方もまた問われている。本研究会では、知識人のあり方として、2000年代中盤にかけて提起された「有機的公共知識人」(organic public intellectuials)という考え方から、日本の知識人のあり方を再検討していく。だが、そもそも有機的公共知識人は立ち上げる(boost)する類のものなのだろうか?

  私はその問いを否と考える。日本にも、たしかに有機的公共知識人と呼べる存在は存在していた。その存在こそが、新京都学派である。新京都学派の思想を再検討することで、日本において有機的公共知識人の存在を、再び立ち上げる(reboost)していく道筋を、本発表では示していきたい。

Keywords:有機的公共知識人、ローカル、アイデンティティ、言語

 

発表者

谷川嘉浩 京都大学人間・環境学研究科博士後期課程、日本学術振興会特別研究員(DC2) researchmap Twitter: @mircea_morning

高田正哉 上田女子短期大学講師 researchmap Twitter: @Yatu_Walker

第一回研究会を終えて

 

 偉い人は言いました、「二兎を追う者は一兎をも得ず」と。私の発表はごった煮的であり、まさにこの通り。しかし、参加者のみなさんの粘り強い質問によって、いくつかの論点が明確化されるとともに、重要な宿題をいただいた思いです。

 また、谷川/高田による研究会の方針のたたき台となるようなものを提出するという「大きな話」が具体的なヴィジョンに変えることができたのは、鋭い指摘、思いもしない視点、絶妙な整理、素朴な質問など、参加者のみなさんとの会話のおかげでした。

 

 改善すべきだと私個人が深く感じたのは、「わかりやすさ」でした。もっとわかりやすいように提示しなければ、少なくとも、意欲ある学部生がついていきたいと思えるようなスタイルで書かなければと思いました。

 そう感じたのは、ありがたいことに、この場に来てくださった方々が様々なバックグラウンドを持っていたからです。

 教育系NPOの学生、タウン誌の編集者、同人活動をする学生、教育系大学の教員、観光学系の教員、哲学の院生、教育学の院生、一般の方など非常に属性の多様な現場でした。全ての方とお話できなかったのが惜しかったです。

 

 

 研究会では、いくつも重要な論点が出ました。その一つが、公的/私的ということをどのように考えるのかというものです。

 これをいくつかの観点から整理しておきたいと思います。旧来の、私たちが批判していこうとする発想は以下のような対が前提にされているはずです。

 

公的言説―インテリ―知性主義―お上品―理論信仰―マイノリティ

私的情念――大衆―反知性主義―不適切―実感信仰―マジョリティ

 

他にも色々な対が出てきましたが、ひとまずはこんなところでしょうか。

 私たちは、こうした素朴な二項対立のどちらにも加担せずに、あいだでなんとかやりくりしたいという見解で一致しました。とはいえ、コミュニティ作りのために、兎にも角にも「動員」することには、違和感を示しました。単なる素朴なコミュニティ参加論やコミュニタリアニズムを反復するのでない方向を進んでみたい。

 その代案につけられた名前が、「ヒューマン・ネイチャー・ライティング」「実感を超えていく実感主義」(谷川)であり、「ローカリティ」「有機的公共知識人」(高田)でした。

 トランプ現象のような、現代の社会現象を念頭に置きながらも(マクロな視点)、私たちは、「情念」に代表される人間の非合理性を、「言葉」にしていくという教育的な含意を下から組み立てていくツールを作るべきなのかもしれません(ミクロな視点)。

 

 

 私たちが事前に用意した視点だけでなく、会話をする中で、議論以前のプライベートな「信頼関係」や、外集団には不可解に思われるだろうことの「翻訳」というキーワードが出たのがとても印象的でした。それを提示したのは自分自身なのですが、会場で具体的な問いを投げられたからこそ出てきたことです。

 発表メンバーの須永哲思からは、『山びこ学校』が商業出版されたときに落ちたコメントや添削に関する話がありました。それは、何が公的に流通すべきかという「言説の資源」の壁を示しているとともに、(広い意味での)教育がうまく働くのに必要だったローカルな文脈や関係性のことを思い出させてくれるものでした。

 

 公的な言説に乗らない情念をやりくり(情念のマネジメント)するときの一つのポイントが、「経験を書く」ということでした。ここで、私たちの研究会の名前、「言葉と教育」が登場するわけです。高田発表では、その点を受けて、「知識人とは何か」「知識人と呼んでいいのか」「探求の技法」「ビジネス書との距離感」「外化/記録/共有」「サークル/共同研究」「パブリック・スピーキング」など様々な視点が話題に登りました。

 ここでは、C.W.ミルズの「知的クラフツマンシップ論」のIBMカード論に加えて、カルチュラル・スタディーズ、そして、読書猿さんの『アイデア大全』が話題になりました。昔から現代まで、アメリカや日本からイギリスまで、縦横無尽の話題展開だったことが印象的です。

 

 私がとりわけ興味深く感じたのは、「反省的であることのしんどさ・面倒くささ」という論点でした。発表メンバーである真鍋公希の指摘でした。しばしば、研究者は問いをオープンエンドにして研究を終えてしまいます。いや、称揚しさえします(鶴見がそれを好意的に「哲学者の問い」と呼んだように)。

 「私たちは、これを問い直し続けなければ」というわけです。この身振りは、固定的な答えの放棄でもあるので、ある種の人には、無責任や怠慢に映るでしょう。とはいえ、何かを反省し、問い直し続けることは、答えを出さないことと同じなのでしょうか。私たちが、一方で問いの継続を掲げるとき、他方で何を結論づけているのでしょうか。

 真鍋は、これまでの議論を受けて、いわく言いがたいものを「言葉」にしていく知識人の路線として、1.時代診断的な治療2.哲学者的な問いの継続という2つの系統があるのではないかと整理しました。

 前者は浅薄な評論に陥りかねないのに対して、後者は、悩み続けねばならないことのしんどさ・面倒くささを抱え込んでいます。でも、こうした二者択一を迫られるとき、私たちは一方だけを選んではならないことを知っています。

 恐らく、両者は相互補完的なのでしょう。その都度の暫定解を手にしながら、一方では、「それは間違っているかもしれない」と問いを継続していく。これが基本的な視点であるべきなのでしょう。

 それだけなく、この「しんどさ」の自覚に立ってこそ、新京都学派による知的技法への注目が活きてくるような気がします。技法や道具は、反省性があるかどうかよりも、兎に角うまく機能する(work)ことが重要だからです。

 

 以上は、研究会での会話や発表の要約ではありません。ほんの、ごく一部です。私の関心に従って、私の言葉と視点でまとめられたものです。

 なぜ録音しておかなかったのかと自分を叱りたい気分です……。今後の研究会では、「記録」をしっかり進めたいと思います。

 

 今回はあまり「新京都学派」感がありませんでしたが、次回以降、具体的な話が提出されるはずです。完成しきったものを提示するというより、今回のように会話の中で、共同で布を織り上げるように、私たちの議論を作っていけたらと考えています。 

2018/4/22

谷川嘉浩