研究会の趣旨

 この研究会では、戦後に京都大学人文科学研究所(通称、人文研)を中心に活動していた知識人、つまり、新京都学派による「言葉」の研究に焦点を当てます。

 とはいえ、「新京都学派」という呼び名はごくジャーナリスティックなもので、確たる範囲があるわけではありません。そこで、本研究会では、「新京都学派」というまとまりを、戦後日本において、京都を中心に活躍した相互に影響下にある知識人のネットワークと大づかみに捉えた上で、「言葉」および「教育」に力点を置いた人たちに話題を絞ることにしました。

 

 戦後日本では、民主主義社会を構築することが急務とされていました。その「焦り」は、丸山眞男の『日本の思想』などを読めば実感してもらえることと思います。

 民主主義社会では、人びとが、自分の思想を的確な言葉で表現するとともに、他者の言葉、社会に流通する様々な言葉を読み解く力が前提とされています。お互いの意志を適切に伝えることが、市民としての能力の根幹にあるとみなされているのです。

 平たく言えば、「ちゃんと言葉にする(言う/書く)」「ちゃんと言葉を受け取る(読む/聞く)」ことが問題にされていたわけです。

 私たちが注目する思想家たちは、共通して、「言葉」にアクセントを置いて民主主義を捉えました。当然ながら、彼らの議論の内実・方法などは、分野・世代・所属によって異なっています。だからこそ、こうして研究会を立ち上げ、このトピックを共同で探求することにしました。

 

 本研究会は、こうした知識人のネットワーク(=新京都学派)に注目しながら、各個人の「言葉の教育」を通じて、民主主義社会をどのように達成しようとしたのかを明らかにしたいと考えています。こうした作業によって、彼らが、どのような民主主義社会を達成しようとしたのかを知ることは、困難な時代を生きる私たちに何らかの指針を与えてくれるかもしれません。

 

 この研究会は「公開」で行います。オブザーバー歓迎です。

 広い意味で、教育に関係している方、民主主義や言語教育などのテーマに関心のある方などの参観を歓迎しています。また、じっくり「言葉」を交わしたいという考えから、研究会の時間配分は、かなり余裕をもって設定してあります。

 

共同主宰 高田正哉・谷川嘉浩 2018年4月3日

 

 

次回の研究会

第二回 新京都学派の「言葉と教育」研究会

 

開催日:2018年8月4日

 

場所京都大学人間・環境学研究科棟333演習室

リンク先の89番の建物で、吉田南総合図書館の向かいにあります。

当日は、図書館のある東側からお入りください。

 

参加申し込み:yuzumike[at]gmail.com

レジュメ等の準備のため、全参加か、一部参加かも含め、ご連絡にご協力ください。問い合わせもこちらにどうぞ。

 

タイムテーブル

・9 : 40 ~ 開場

 

・10 : 00 ~ 12 : 30(午前)

  1. 中村徳仁「90年代生まれによる30年代論!ーー京都学派に焦点を当てて」
  2. 吉村雄太「二十一世紀の和辻哲郎ーー新しい人格論のために」
  3. 二階堂滉「遇うて空しう過ぐる勿れーー1930年代の偶然文学論」

※ 各15分程度の発表。

※ 午前終了後、一旦、施錠予定です。

 

・13 : 40 ~ 開場

 

・14 : 00 ~ 16 : 00(午後)

  • 高田正哉 「教育学部と戦後社会学 ~加藤秀俊の教育学構想へ」

 

 

発表概要

午前の発表:趣旨

 批評誌『夜航』は、2018年度5月に刊行されたvol.3において、「1930年代」を特集した。研究科の後輩である中村が『夜航』の編集に携わっていること、第一回の新京都学派研究会に彼が参加してくれ、その特集で京都学派(旧)を取り上げたことを教えてくれたことに端を発する。

 京都学派と新京都学派に、(後者が前者を体系的に再解釈したというような)強い直接の連関があるわけではない。しかし、京都あるいは関西という磁場の中で、取り扱いづらい実感や情念のようなものを言語化していく姿勢を持つ者が確かにいた。

 午前の部を企画した動機は、そのことをシリアスに捉え、新旧の枠を超えてテーマに沿って並べようというものだ。今回は、研究会の趣旨に内容を寄せた上で、特に内容的なつながりの強い論考の執筆者に発表していただく運びとなった。

 批評同人という「地味な」言語化を進めると、しばしば、自己満足や気合のような精神論に陥る。しかし、本誌は、一定の部数と売り上げを確保することで、言葉を届ける姿勢を持っており、一個人として共感を抱く。発表内容だけなく、そうした言論実践についても掘り下げたいと考えている。(文:谷川嘉浩)

 

 

午後の発表:「教育学部と戦後社会学 ~加藤秀俊の教育学構想へ」

 

 周知のように、日本における「教育学部」の設置は、1949年におけるものである。それは、単なる体制転換というばかりでなく、「教育学」という思想の転換でもあった。

 その流れの一つに、京都大学教育学部もいたことは言うに及ばない。戦後教育政策、そして民主主義教育の系譜を構築した東京大学とは異なり、京都大学教育学部は独自の路線を歩んでいた。その代表的な事例として、加藤秀俊の存在が挙げられる。加藤秀俊は、人文科学研究所に所属しながらも、教育学部で「マスコミュニケーションの理論」(教育社会学講座1960年・1961年)などの科目を開講した。そして、1968年度には、比較教育学の助教授として赴任することになる。その間に、加藤秀俊は『人間開発』をはじめ、独自の教育学の構想へと向かっていった。だがその構想も、学生運動によって挫折させられることとなる。

 本発表は、この加藤秀俊の「未完の教育学構想」について、特に加藤英俊の『人間関係』『人間開発』『独学のすすめ』等の「学び」(learining)に関するテクスト群の解釈から再構築しなおすことを目指す。その再構築の方向性とは、竹内洋が加藤社会学を「日本型カルチュラル・スタディーズ」と呼んだことに呼応した、「日本型学習科学」の構想である。

 

発表者

中村徳仁・吉村雄太・二階堂滉

批評誌『夜航』メンバー (Twitter

 

高田正哉 上田女子短期大学講師 researchmap Twitter: @Yatu_Walker